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気のはなし②

by ito

前回、気の話と銘打っていながらほぼ硬結の話でした。

気のはなし①から読んでください。

昔から痛いところに手を当てるというのは当たり前のようにされてきたことで、わたしも肘や足の小指をどこかにぶつければ、そこに手を当てずにはいられません。

整体をさせて頂くようになって、お客さまの反応から「気が流れると体が軽くなるんだな」ということを教えられました。

特別な技術ではないと思っていますが、意識していることがあります。

ホームページで詳しく説明していますので、勇気のある方は是非

 → いとう整体HP 気の影響に対する取り組み

だから気ってすごいんだなぁと思ってはいたものの、体の全体が軽くなることはあっても、部分的に気の流れをよくするというのは正直、自信がありませんでした。

師匠方お二人は、掌をふたつおいて、その間で気を流すということをされるのですよ。

そうすると、確かに力がなくてべしゃっとしているような弾力の無い箇所と、力があり過ぎて固くなって盛り上がっているような箇所の、力のバランスが均(なら)されるのです。

ただわたしには、まずどこにその掌をおいたら良いのかが分かりません。力の無い所とあり過ぎる所は複数個ずつあるので、ニコイチをうまく組めないのです。

そんなことで、体全体の気を流す意識はあっても、ほんの一部の作用しか実は使えていなかったということです。気がどうだーとか結構言っていたんですけどね。

そこから数年経ちまして、これって何なのかなと疑問に思うことが増えました。

それが昨日お話しした硬結です。というか、硬結だったのです。

最近、整体の特訓をしていたとチラチラ書いていたのですが、それは野口整体の勉強でした。

野口整体の基本に愉気(ゆき:相手に気を流す)というのがあって、自分で自分の体に気を流すのは行気(ぎょうき)と言いますが、硬結には愉気だと。

でた、

と思いました。ふざけているわけでも、やる気が無い訳でもなかったのですが。

実はその勉強が始まる2週間ほど前に、指先の力を抜いて触れた時の不思議な感じを体験していました。

ふと筋肉が緩むのを感じて、なんてブログには書いてありますが、実際にはその直前にピリピリとした感応が起こっていました。

何かなーと思ってそのまま手を触れていたら、ピリピリがおさまると同時に緊張がゆるんだという。

その後で、野口晴哉先生(野口整体をまとめたカリスマ)の愉気についての説明(たしか息子さんへのお手紙の一部)を目にして、アレも愉気なのか、と思ったのでした。

ただ、この時点ではまだ実践には至りません。

背中の硬結愉気を結び付けられてはいませんでした。

そして更にその後すぐに、師匠から野口整体の勉強をしないかとお誘いを頂いて、先ほどの『硬結だったのか』と『でた(愉気)』の場面に到着です。確かこんな感じの流れだったと思います。

ひとりでは解決できずに放置されていた沢山の点と点が、一気につながっていきました。

これまでは愉気の役に立ち具合(語彙力ですよね)を目の当たりにしつつ、自分で施すことには消極的でした。だって、手を止めるとか、いいのかなって。効果も、人によっても状況によってもよくわからなかったりするしなって。

ただもう、そこに硬結があって、それをとかしたら他の大きなスジがゆるむのに愉気以外の対処法をもっていないなら、愉気するしかないですよね。

何より、受け手側としてはそれが硬結に関連しているとは気づかないでしょうけど、硬結とかすと違うのですよ。確かに、野口整体の勉強を通じて愉気の仕方が変わったから、というのはあるかもしれないですけど、脊柱まわりの硬結を解くことが関連していないと、全く思えないのですよ。

関連していない訳が無いです。

そして最近は、愉気してもゆるまないスジはお腹から、ということが当たり前の流れになってきました。

ようやく腹が決まってきたのでしょうか。

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